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盤珪とダグラス



盤珪の記事が昨日紹介したダグラス・ハーディングのサイトの記事にあった。

盤珪 by colin oliver

盤珪については上のリンクから見てもらえばわかるが、「不生」という言葉でアドヴァイタの教えをといている、つまりラマナマハリシ、ニサルガダッタマハラジ、プンジャジ、ラメッシやハーディングと同じ事を言っている。

あなたは「それだ」という事を言っているわけだ。




「それ」 指さしている方向(自分)の虚空



少し引用させてもらう

盤珪 自身の長く困難な道は、彼が真実を発見し、それの価値を理解するために必要であったという議論もあるかもしれないが、盤珪自身はそういった過程が必要であ ることを否定し、真実は、簡単に手に入るものだと主張した。不生から生きられた人生は、観察眼を深め、注意力を集中するための経験をもたらすのだった。

彼の弟子たちの中には、瞑想は注意を集中するために適切なものだと感じる人たちもいた。盤珪は、床にすわって、生きた仏陀になるだけで、十分だと言った。彼の最大の強調は、行動中の瞑想、日々の生活における瞑想であった。


ヴィギャン風に言えば

74.全空間がおまえの頭のなかに吸い込まれ、輝いているのを見なさい。

84. 体へのこだわりを捨てなさい――私はあまねく存在すると知ることであまねく存在する者はよろこびに満ちている。

85. 「何もない」に思いを向けることで、限りある自己の限界が消える。

99. はるか彼方まであらゆる方向に自分が広がっていくのを感じなさい。


他にもあるが、だいたいこんなところだろう


ここで見るべきポイントがいくつかある。

1、もう既にそれだと言われても、何を意味しているかわからない

2、言っている事はわかるが、だからなんなんだ

3、わかる 確かにわかるが相変わらず変化なし

4、なんなんだ これは・・ 確かにそうだ

1の場合はとりあえずダグラスハーディングの本やアジズの本を読んで、何をさしてそう言っているかを確かめて見るのがいいと思う。

まあ、読んでもまったくわからない場合があるけれどもタイミングが違うだけなので気にしないように。

1、2、3の場合だと先のダグラスサイトの体験談のように失望や怒りでやっている事がアホらしくかんじられる場合もある。


要因はコンディションと時間的なものだ。


コンディションとは・・・

1、この概念を受け入れるタイミング

2、体調、心理面も含む

である。

なぜ、盤珪は死を意識するほどの体調の中で理解したか?

リリーステクニックのレスターが気づいたタイミングは死の宣告を受けた後ではなかったか?

ラマナマハリシなどの聖者も一時的な死の体験の後、真理の道へ進んだ

このように、ラマナマハリシは別としても通常とは違う肉体的、心理的なコンディションの最中にわかるケースが多い。

そもそも、瞑想とは意識的な死の体験であり、なにをするにしても体調のコンディションが体験を左右するというのはあると思う。

では、時間的な要素とは何か?

これは先の引用文

彼の最大の強調は、行動中の瞑想、日々の生活における瞑想であった。


の部分がそのポイントである。





 
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ダグラスハーディング



ダグラスハーディングの名前が以前出たが、ある意味ショックだった。

ショックというか、読んでいてトリップする本というのがあって、20代の頃はケンウィルバーの無境界を読んで幻惑された感じになったのを憶えている。

ダグラスハーディングはもっとシンプルかつ強力で、題名は確か「心眼を得る」だったと思う。

読み方によっては「だから何?」という感じだが、読む時やコンディションによってはこのような体験談になる。

見る体験談 実験


ただ、見るというのも先にも書いたようにそれに対する理解と深さの程度というものは存在する。

ヴィギャンバイラブタントラ風に言えば

〇 ただ雲の彼方の青空を見つめ、平穏を知る。

〇 夏空が見渡すかぎり晴れ上がったとき、その澄み切ったなかに入っていきなさい。



〇 シャクティよ、全空間がおまえの頭のなかに吸い込まれ、輝いているのを見なさい。

〇 すべてのものは識ることをつうじて感受される。この「私」とは識ることをつうじて空間のなかに輝くものだ。識ることの主体でもあり客体でもある単一の存在を感受しなさい。

〇 木も丘も人家もない限りなく広々とした土地に住みなさい。そこで思考の圧力は消える。空気に満たされた領域を幸せでできたおまえの身体と見なしなさい。


他にも同じような事を書いているが、これらの詩というか技法がいわんとしているのは、そういうことだ。

ダグラスハーディングやヴィギャンを読んでも「だから何?」となってしまう場合と


・・・これは・・・ となってしまう場合はなにが違うのか?

という話になるわけだが、次回はそれについて思うところを少し書いてみる。






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自観法 その2



自観法では悪感情を紙に書いて腹に当て、自分の反応を見るという話は書いた。

この時、最初は怒りや嫌いな人物の事を思い出してやるのだが、いくつかポイントがある。

1、プラス思考やポジティブ感情はいいけど、ネガティブ感情を思い出したら心が汚れるんじゃないか?

2、感情が思い出せない

3、気持ちが暗くなる

4、体の病気とか痛みなんかは効くの?

なんかだと思う。


1、については掃除と一緒で、いつまでも潜在的にマイナス感情をかかえているより、表面化して再認識した方が良い。

何時間も自観法でマイナス感情を観察するというのは、初期の段階ではやらないし、せいぜい5分程度で終わらせる事にする。

2、怒りの感情はそれほどハッキリと体感できなくてもいいし、「自分はダメダ〜」のように人に向けるより自分に対してマイナスの感情をもちやすいタイプの人はその感情を自観する。

3、暗くなる場合も、最初は時間を5分程度で終わらせ、後は積極的に運動でもしてエネルギーを発散させる。また、感謝行などと併用するのでそちらの方も積極的に行う。

4、体の痛みなどに対しては、自観法でどうするのかは忘れた。

まあ、やり方としてはその痛みをいったん受け入れ、その痛みにたいする心の反応を見るのが良いと思う。

例えば、頭が痛いとすると・・・

「ああ〜イヤだ 頭いたい
もう、今日は最悪
そういえば最近頭痛が多いな
年のせいだ、若い時はこんなじゃなかった
きっと体の免疫力が落ちているんだろう」

みたいな感じで心がネガティブな独り言でうまり、だんだん会社の愚痴とか、人間関係なんかも連想する場合が多い。

この痛みに対する心の反応を自覚する事によって、マイナスの思考の連鎖を止める(自然に止まる)と、自然に痛みが治まったり、痛くても別にいいや〜みたいな感じになってくる。





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日本式リリーステクニック? 自観法



リリーステクニックの続きだが、自観法というのがある。

自観法とは戦前に外交官であったが、後に心霊研究家として活躍した故仁宮武夫氏が開発?した行である。

確か、私が高校生の時に仁宮武夫先生の本を読み、通信講座があったので受講したのを思い出した。

やり方はシンプルで紙にイヤだと思う事を書いて腹にあて、頭の方から眺めるように見るだけで真我の働きで悪感情が消えて心がキレイになるという技法だ。

その紙を腹にあてる時に、「ムカ」っとた感覚が出たらそれを放置してただ見ているというもの。

簡単に言うと、リリーステクニックが「手放せますか」という問いの形式なのに対して、ただ見ているという違いがあるが、内容的にはほぼ一緒である。

頭の方から眺めるだけで真我が働くのかと当時は思ったが、この辺は解説すると長くなるので今日はやめておく。

人によっては具体的に紙に書いて体の反応を見ながらやった方がやりやすい人もいるのではと思い自観法の紹介という事で紹介した。









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Who I am



who  I  am の続きだが、これが日常生活中もハッキリ体感出来るとういうのは聖者の領域なんで、普通はラマナマハリシやプンジャジ、クリシュナムルティなどの本を読んでも雰囲気すらわからない。

やっぱり彼らは特殊で少年時代から自然にサマディーの体験をしたり、数年間沈黙の状態になったり、スカウトされて英才教育?を受けたりと別格なので、目の前で話を聞くのならまだしも、文字情報だけ読んで同じ理解をしようというのが無理がある。

アクション映画を見ると、見終わった後は自分がタフになった気になるのと一緒で、本を読んだりちょと瞑想するとなんとなくわかったような気になるが、これはニューエイジも含めて愛とかわくわくとか感謝とか言っている割には実生活で悩みまくったり、内面は怒りでいっぱいであったりするわけだ。

まあ、人生って普通はそんなもんだ。

スピリチャルな本やセミナーなんかも沢山あるが、悪く言えばある意味、金になる産業だから媒体としては沢山あるが、実際、それを書いている人や主催側が本当にわかってやっているかは別問題なわけだ。

とは言え、実は私達は既に聖なる存在と一体であるというのも事も事実なわけである。

で、本を読んだのをきっかけとして、「それ」を感じられるようになるケースもままある。

別に本でなくともいいわけだが、先に紹介したようなヴィギャンバイラブタントラみたいな文を敏感な感性の人や特殊なコンディションの時に読むと、それだけで体感出来たりする。

だから、バグワンがヴィギャンバイラブタントラの解説シリーズを何冊も気に入って書いたわけだ。

その他には前にも少し書いたがアジズの本などもかなり具体的に方法論が書かれている。

アジズの本を最初に読んだ時はビックリした。

ここまで言語化出来ている本はあまり見た事がない。

類似する感じので、少し違うがダグラス・E・ハーディングなんかもいい。





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気づきに気づく I AM



リリーステクニックの紹介をしたわけだが、一言でいえば感情にフォーカスして、それを解放すると自由になりますよという話だ。

その解放は、実はとらわれている感情に気づいて解放を意図するだけで出来てしまうというもの。

詳しいやり方は前回紹介したサイトか、アマゾンでセドナメソッドで検索すると本が出てくるのでそちらを見てもらいたい。

このリリーステクニックの考えで面白いところが、人間の感情のトリックを暴いているところだろう。

よく、自己啓発的なテクニックで成功した映像をイメージしましょうとか、肯定的な言葉を使いましょうとかいう話があるが、それで上手くいくんだったら誰も苦労はしない。

では、なぜそれでは上手くいかないのか?

それを克服するには?

という部分が説明されていて、なるほどと思わせる内容だった。

また、ネガティブな感情、怒りや恐怖、無気力などの発生する根本を認識させてくれる部分であるとか、ネガティブだけでなく、幸せな感情も解放するところがこの方法の奥深いところだと思う。

また、通常、感情の解放はそれが起こった時点、例えば腹が立ったならその時に行うのがベストなわけで、なかなか後からその感情(自分は腹が立ちやすい、落ち込みやすいなどのクセ、感情)を解放するのは難しいのであるが、本を読めばわかるが言葉をつかって感情をある程度、引っぱてこれるところがいい。

さて、このように気づくだけで感情や思考が浄化出来るとういのは、この方法だけでなく古今東西にあるわけだが、これはいったい何を意味するか?

それは私達の本質は感情や思考ではなく、それに対する気づき、もしくは気づきにきづいているなんとも形容できない主体であるという事を表している。

それは瞑想したから、修行、訓練をしたから開発されるというものではなく、もともと誰でも既にそうなのだけれども、ただ明確には認識されないのでそれを認識出来ない、出来ても価値がわからないという感じになると思われる。

いわゆる、ラマナマハリシがいう 「WHO AM I 」 というやつである。

思考や感情が湧き起こる以前に存在しているもの。

思考や感情の背後に同時に存在しているのも。

ちなみに、ラマナマハリシは「私は誰か?」という問いだったが、これを「私はどこか?」の問いにしてみると面白い。





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頭の外へ出る




まあ、なんというか気づきや瞑想に関して書くのは楽しいのだが、もどかしい側面がある。

まず、こういった方面を完璧に理解していたら、こんなところでグダグダとブログを書いていないわけだし、輪廻しなくなってしまっているだろうと思われる。

であるから

「なんかイマイチなんじゃないの?」

と私の文章を読んで思う場面も多々あるだろうが、それはしょうがないという事でお許しを。

ということで、レスターの続きであるが、リリーステクニックの卒業生?のバクシー氏の文も面白い

カム・バクシーの手紙

やっぱり、この文を本当とするならば、再現性がある方法としてリリーステクニックは優れていると思われる。

得に・・・

もしあなたが常にリリースしたら、心は静かに去っていくでしょう。このステップを行なったら、頭の中で生活している事が奇妙に感じられるようになり、より「存在」に安らぐようになっていくでしょう。

なんてところは最高だ。

心は静かに去って・・・

頭の中で生活している事が・・・

というところがなかなか。


以前、ヴィッパサナーをやっていた時に思ったことがある。

ヴィッパサナーにも色々な流派があるというのは以前も話たが、マハシシステムという生活禅ともいえる瞑想法やっていた時の事だ。

生活禅というからには、座って瞑想はもちろんするわけだが、歩く時も食事の時もある方法に従って気づきを保つ。

最初はなんでゆっくり歩いたりするんだろう?

かなりカッタルいんですけどと思った。

しかし、実はよく考えられているメソッドで一点の集中を保つ事により、集中力をつける訓練にもなっているし、それによって無意識的な想念とかも見やすくなる。

ヒンドゥーだとジャバマラの瞑想は少しこの要素が含まれているように思う。

また、集中力をつけるのとは別に意識の焦点の移動がある。

通常、私達は頭の中や目の後ろ側にいる感覚というか、そこを中心として自分が存在するように出来ているわけだ。

これは人間に限らず、食料を捕獲したり危険から回避したりするのにその方が便利だから生物的にそう設計されていると思うのだが、実はそれは自己の一部であって、存在としてはもっと広範囲なものだと感じる。

座る瞑想以外でも生活の所作をただただ感じて想念をカットする行を行っていると、その事を実感する。

一言でいえばバクシーが言う「頭の中で生活」でなく外へ出るわけだ。

出ると言っても幽体離脱するとか、そういった事ではなくて、頭の中に自分がいるというよりも、自分の中に風景や家、テーブルがあって体があるという感覚になる。

ちなみにシバが妻のディヴに語ったとされているヴィギャンヴァイラブタントラでもこの手の技法は解説されていて、これはヴィッパサナだとか、リリーステクニックだとか、色々な名前はついているが、なんというか、格闘技に例えると中国拳法でもボクシングでもパンチの技法の呼び方は違うが体の使い方は似ているみたなイメージだろう。

まあ、構造としては格闘技でも瞑想でも自分の所が一番良いという前提で構成しなとシステムとして成り立たないので、どこでもそういった空気ではあるが、同じ地球人という生物である以上、似たような技法に行き着くと思われる。

ただ、問題点というか、確かにこれらの意識の変容というか、原点回帰の解放は半分は技法で出来るがもう半分は信仰というか神の恩寵がなければダメなんじゃないかと思う。

イメージで解説すると、健康になりましょうとか、トラウマを治しましょうが飛行機で言えば自家用プロペラ機だとすると、悟りや解脱はスペースシャトルだ。

自家用プロペラ機は自力でなんとか飛ばせるわけだ、多少は管制官とかの指示がはいるが。

だがスペースシャトルやロケットで重力圏外に出ようと思うと、もう、ほとんど管制塔というかNASAセンターに頼らないとやってけないわけだ。

自分の限界を超えて、イッてしまうわけだから、それは師匠とか神に命というか人生をあずける覚悟がいると思う。

NASA=神の恩寵

みたいなイメージ

霊性修行がギャンブルといわれる所以だろう。






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リリーステクニックに思う



レスターの物語を前回紹介したが、読んで頂けただろか?

レスターの物語

読めばわかるが、途中から圧巻だ。

なんなんだ?こいつと思うような展開。

まだ本は買ってないので読んでないが、このレスターが発見したリリーステクニックについて簡単に感想を書いてみよう。

上で紹介したサイトは良く出来ていて、関連で紹介されているエモトランス(Emotrance)とリリーステクニックを併用するとかなり良い。

これらの「気づき」の技法というか、方法は様々な宗教的な行や心理学でも使われるテクニックである。

ただ、なんというか気づきというは単純だが難しい面もある。

なぜなら、気づきというからには、自分で持っているんだけれどもそれを自覚出来ない、もしくは自覚出来てもそれに間違った対応をとってしまうから問題化するのであって、「ハイそうですか」と気づけないもんだ。

以前の記事で言えば、マハラジが言った言葉

もし、あなたが快楽や苦痛の瞬間にある自分を見てみれば、楽しみや苦痛がものごと自体のなかにあるのではなく、状況の中にあるという事を見るだろう。

楽しみは楽しむ人と、楽しまれるものとの関係性の中にある。

そして、その本質は受容にあるのだ。

状況がいかなるものであれ、それを受け入れる事が可能ならば心地よく、受け入れがたいならば苦しいのだ。

何がそれを受け入れられるようにするかは重要ではない。

原因は物質的、心理的、あるいわ理由がわからないかもしれないが、受容がその決定原因だ。

相対的に、苦しみは受け入れない事によるものだ。

ここで苦しみは受け入れがたい、嫌だという答えにたいして・・・・


どうしてかね?試した事はあるかね?
試してみなさい。

そうすれば、苦しみには快楽(楽しみ)には見出す事が出来ない喜びがある事を見出すだろう。

なぜなら、苦しみの受容には快楽よりもはるかに深いところへ、あなたを導くという純然たる理由があるからだ。

個人の自我はその本性からして絶えず快楽を求め、苦しみを避けている。

このパターンの終焉が「自我の終焉」なのだ。

自我と、その欲望と恐れの終焉は幸福と平和の源である、あなたの真の本性に帰りつくのを可能にする。

絶え間ない快楽への欲望は、内なる永遠の調和の反映なのだ。

人が自我を意識しだすのは、選択と決定を要求する、快楽と苦痛の合間での葛藤に捕らえられたときだけだ。

この欲望と恐れの衝突が、人生において正常な、偉大なる破壊者である怒りを産み出す。

苦痛がひとつの教訓と警告として、あるがままに受け入れられ、注意をもって深く魅入られた時、苦痛と快楽という分離は打ち壊され、それらはともに、抵抗した時に苦しく、受け入れた時には快いという体験になるのだ。




私の体験で言えば頭痛なんかそうだ。

仕事が忙しくて、体調をくずして風邪などで頭痛がひどくベッドで寝ているしかない状態になった事があった。

痛み、得に頭に近いほど痛みはイヤだが、その痛みを受け入れるとただ寝ているしかない状態なのに、妙な安らぎを感じたりする。

逆に痛みはどこにも無いのに、寝苦しいというか落ち着かない時、イライラとして痛みを懐かしがっている自分の想念に気づいた事がある。

これは何を意味するか?

このマハラジが言った言葉であるが、私の中で浮かんだイメージだが激辛ラーメンを食べている人というのが浮かんだ。

マハラジの受容という観点とは少し違うが、個人の選択という事で少し説明。

怒りが強い性格の人の例で紹介すると激辛ラーメンだ。

激辛、つまり怒りなどのスパイシーな感情を実は楽しんでいるわけだ。

怒りでなくとも、恐怖や悲しみでもいいが、一見それらを嫌っているように見えて、実は奥では楽しんでいる。

「おお〜 辛い!!」

とか、涙を流しながらラーメンを食べているが、本当は純粋に楽しんでいるわけだ。

ただ、実際に苦しんでいる人にとっては、楽しんでいる事も

自分でそれを食べると選択した事も

いつでも食べるのを辞められるということも(実際はいつでも辞められるわけではないが)

忘れてしまって、涙にまみれてひたすら苦しみながら激辛ラーメンを食べている。

つまり怒りや恐れや悲しみを自ら選択して、かかえてしまって身動きがとれなくなってしまっているわけだ。

気づきはそれに光をあてる。










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見る?




「なんだよ、見るって? わかんねえよ」

昔、クリシュナムルティの「自我の終焉」を読んだ時にこう思った。

別に批判するわけではないが、クリシュナムルティと言えばあのキレイな文体と雰囲気で人気の聖者であるが、そこで学んだり、本を読んだりして「見る」という事が明確にわかったという話は聞いた事がない。

だいたい精神世界、スピリチャリズム、ヨガ、仏教、瞑想などに集まってくる人は真面目でいい人が多いが、その一方で「私は良い事をやっているし、あなた達とはレベルが違う」みたいな空気がなくもない。

であるから、本を読んだり瞑想するほど、知らないあいだにエゴが肥大して人を見下すパターンが多い。

もちろん、私もこのタイプだった。

10代の頃はよく、他の人がなにも解ってないように見えた。

野球中継を見て、ビールを飲んで一喜一憂する人たちがバカに見えた。

「俺はこいつらとは違うんだ」

「瞑想や霊性に興味がない人達は魂のレベルがまだ低いからだ」

会社に入社しても、ある種のショックを憶えた。

当時、ある有名なベンチャーに入ったのだが日本地図が貼ってあり、店舗数がカウントされていた。

○○店舗達成!!

のような文字。

規模が多ければいいのか?

数字が多ければいいのか?

単なる拡大、拡張だけめざす世の中に違和感を感じた。

「私は瞑想している」

「クリシュナムルティやラマナマハリシなどの本を読んでいる」

表面的にはそうだったが・・・


殴りたい上司がいて


嫌いな同僚がいて


働くのがストレスに溢れて疲れ


失恋しては胸が張り裂けそうになり


友人のふりをして嫉妬し


温和なフリをして自分に不利にはると豹変し



瞑想や思索をしては、俺は違うというエゴを膨らませて人を見下していた。


一言でいうと全然見れてなかったわけだ。


見るというのは前にも書いたが、色々な技法があるが一番簡単で効果が高い方法を次ぎに紹介しよう。

日本ではあまり知名度がないが「リリーステクニック」というものがある。

まあ、○○テクニックとかメソッドとか言っても別に新しい発見なわけではないが、まずこのテクニックを発見したレスターの物語を読んで欲しい。

レスターの物語







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