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サマタ(止 samatha)を脳と体の回路に埋め込む方法



前回の続きから・・・・


前回までの話を要約すると

・瞑想は必要か必要でないか
・それは人によって違う
・人によって違うがした方が良い
・しなくても満足出来る人がいる
・しかし、一時的な満足で終わってしまうケースが多い
・なぜなら、サマタ力が弱いから
・サマタとはボクシングに例えるとパンチ力である
・そのサマタを高めるにはどうしたらよいのか?

という流れだった。

サマタを高めるにはどうしたらいいかという事の前に、考え方としてはもう一度、この「サマタ」という言葉を解析してみよう。


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言葉のトリック
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まず、第一にヴィギャンの講座を受けた人はわかると思うが、この辺でマーヤというか言葉によるトリックに陥らないようにするのが最初のステップになる。

先ほど・・・

止(samatha)
観(vipassanâ)

という話をしてサマタ力(止 samatha )というものが何か別にあって、それをマスターしないといけないのかという風に思ってしまうと若干違った事になる。

サマタ (止samatha)を付ける為に座ったり修行したりみたいなイメージだと思うが、確かにそういう側面はあるが、実はサマタというのは私たち人間が元々もっている性質である。

であるから・・・・

『まったく無いものを新たに取得する』

というよりも・・・

『元々もっていた性質を強化する、もしくは顕在化させる』

というニュアンスの方が近い。

最初にこの辺を理解していないと、少し方向性が違って勘違いしてしまう。

まったくのゼロから、なにか特殊な方法をマスターしていこうとすると凄く大変なイメージがあるが、もともとあるものを顕在化させたり強めたりするという前提だと、意外と出来てしまったりする。

では、いったいどういう風にサマタというものを捉えていったらいいのだろうか?


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映画とサマタ
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気づきと一緒で我々人間が一人残らず生まれながらに持っている性質とでも言おうか。

わかりやすくいうと、止(samatha)であれ観(vipassanâ)であれ、程度の差(深さや明晰度)こそあれ誰にでもある。

例えばテレビを見たりやゲームをやっている子供は集中して何時間でも画面を睨んでいるが、あれだってサマタだ。

大人でも自分の好きな事。

・映画を観ている時
・釣りをしている時
・ゴルフをしている時
・読書をしている時

など、自分の好きな事や適正がある事に関してはサマタ力を発揮して、余計な思考はしていないし、時の経つのも忘れているだろう。

しかしながら、瞑想(禅)などは変化が少なく単調なので誰でも彼でも直ぐにいつでも楽しめるわけではない。


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抵抗するエゴ
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ましてやエゴを超えていこうという場合、エゴ(思考)は自分の優位性が脅かされるので、なるべくこういう瞑想的なものには最初興味を示しても、いざやると巧妙に回避するように言い訳(作話)を作り出す。

作話とはダイエットや禁煙などもそうだが・・・・

「今日は食べるけど、明日からやろう!」

であるとか・・・・

「実はタバコを吸うと鉛を排除するからアルツハイマーになりにくいらしい」

とか、辞めると言っておきながら途中で自分の都合の良いように作り話をする事。

瞑想などもこれにあたり、やろうと思っても明日からでいいやとか、仮に座っても2〜3分でヤーメタになりやすい。

では、いったいどうやったら純粋にサマタ力を強化する事が出来るのだろうか?


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2つの方法
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これは私の考えだが、サマタには2つの側面というか強化法というか顕在化する方法があると思う。

・努力して強める方法
・弱くして顕在化させる方法

の2つだ。

便宜上2つに分けたが、これもまったく別のものというよりは同じ性質の違った捉え方といえる。


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回路を脳と体に埋め込む方法
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これは瞑想に限らずスポーツでも仕事や学習スキルでもそうだが・・・

『繰り返し実習して熟練する』

というものに近い。

例えば自転車に例えると最初から誰もスムーズには乗れない。

補助輪をつけたり、後ろの荷台を支えてもらったり、もしくはユラユラ漕いだり転びながら、徐々に自転車のバランスをとって乗れるようになってくる。

これは繰り返し練習する事により、体や脳にバランス感覚が刷り込まれたような状態になり、一度マスターすると後は考えなくても勝手にバランスをとって乗れるようになる。

サマタ(瞑想状態、禅定)もこれに近いものがある。

一度、体や脳に回路が埋め込まれると・・・・

「こんな状態があるんだ・・・」

という風に座れるし、特定の練習をすると目を開けたままや動作をしながらでも瞑想状態が顕在化する。

特定の練習というのは講座の方でも取り上げたが、実際にやった方がわかりやすいだろうということで12月は練習会を開いて水を飲みながら気づきのモードに入る練習なども行った。

練習会は時間の関係や導入部分の紹介だけだったので、その瞑想は5分間しかやらなかったが、あれを1日中行い5日〜10日間程連続して全てを注入して行うとまったく異次元の領域に行く。



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昼寝とどこが違う?
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話は戻るが、私もたまに質問をもらうが・・・

「特になにも変わりません、昼寝となにが違うんですか?」

というように、瞑想しても退屈なだけだという体験しかないというような内容だ。

これは今の自転車の例に例えると・・・

「自転車に乗ってもフラフラするだけで、これだったら歩いた方が良くなくないですか?」

というようなものだ。

もし、あなたが親で子供がこんな事を言ったら・・・・

「いや、練習すれば乗れるようになって、そうすれば自転車の良さがわかる」

とでもいうだろう。

サマタ力(瞑想における集中力)においても同じ事が言えて、繰り返し練習すると以前では味わえなかったような状態が味わえるようになる。


また、自転車に乗るという事でも種類というか熟練度が色々あって・・・

・自転車に乗れて20メートル足を付けすに走れた

という最初の状態から・・・・・

・仕事は競輪選手です

みたいな足が一般人の胴体ぐらい太くなってしまって異次元のスピードを出すケースまで色々あるわけだ。

瞑想(サマタ)にも同じ事が言えて、初心者も熟練者も目を閉じて座っているという見た目は同じだが、味わっている状態がまったく違うという事も言える。

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どうやって熟練するか?
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これは色々な要因というか人によっても違うし環境によっても違ってくる。

であるから、正直言うと個々人にヒアリングして最適な方法をフィードバックしてもらいながらやった方がいいのだが、一般的に共通する事を言うと・・・・

「コンスタントに回数を練習する」

というような言い方になる。

これは先の自転車でもそうだが、一回練習しただけではまず乗れるようにならないし、ましてや熟練するにはそれ相応の期間がかかる。

瞑想におけるサマタ力というのは、目に見えないからよくわからないだろうが、肉体にすれば筋肉に相当する(例えなので実際は違う事が)

1日や2日筋トレをしてもたいして変わらないし筋肉痛になるだけだが、それを1ヶ月続けるとなんとかく筋肉がついてきて、半年やると結構見違えるが、それと一緒だ。

1日2日瞑想しても、あまり変化を感じないが、少し続けると・・・

「あれ? なんとなく違うかも」

という風になり、そこで辞めてしまうと元に戻ってしまうが、ある一定以上続けると筋肉がつくように明らかに体感的に違いを感じてくる。

「リアルさん でもそんな目を閉じて座るなんて退屈な事できませんよ」

という話もあるかと思う

では、ある程度コンスタントに実践してマスターする為にはどうしたらいいのだろうか?


続く・・・・・・
 
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投稿者:koji awazawa
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