新着記事  カテゴリー  アーカイブ    お問い合わせ                    
<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< どのくらい瞑想すればいいのですか? デットポイントとセカンドウィンド | main | プロフィール >>

瞑想は必要か不必要か? サマタとパンチ力



前回の続きで・・・・・

「でもリアルさん 瞑想なんて必要ないんじゃないですか」

「だって、あなたは『それ』だからなにもする必要は無いって話はどうなんですか?」

みたいな話もあるかと思う。

確かにそういう言い方は出来ると思う。

結論から言えば、瞑想が必要か必要でないかは人にもよると言える。

で、私の考え方としては・・・

「人にもよるが、やった方が良い」

というスタンス。

===========
バイアス (傾向・偏見)
===========

これは基本的な事だが、絶対的に正しいという理論というか考え方というのは存在していなくて、全ての情報にはバイアス(偏り)がかかっている。

例えば瞑想を教えている先生に・・・

「瞑想は必要なんですか?」

と聞くと・・・・

「必要です、なぜなら・・・」

と必要だと言うわけだ。

これはどんな分野にも言えて、例えば前回のマラソンの例で言えばランニングの先生に「走る事って必要ですかね?」とか聞くと・・

「走る事は体の基礎代謝も上がるし、心肺機能も向上するので・・・」

みたいな話になると思う。


私も瞑想の講座をやっていたり、こういうブログやメルマガを書いているので・・・・

「瞑想は素晴らしいものです、絶対に必要です」

とでも普通はいうはずなんだが、素晴らしい側面はあるが絶対に必要であるとは言わない。


==========
そのままで良いケース
==========

例えばアドヴァイタ系というか、なにもしなくても良い系の教えというのは結構あって、その場合は特別に座って瞑想する必要は無いという話もあるが、その本を読むなりして『その人が満足出来れば』それでいいのではないかと思う。

私もブログで何度も取り上げたが、ダグラス・ハーディングやムージやニサルガダッタの言葉を聞いて、それで自分の求めていたものがわかり、それで満足出来るのならそれは本当に素晴らしい事だと思う。

ある種の感性というか、そういったものが鋭い人は言葉に触れただけで「それ」を感じる事も出来るだろうし、多くを聞いたり実践しなくても満足するケースはある。

しかしだ。


=======
読んだら終わり
=======

多くの場合、そういったフィーリングを感じる事が出来ても・・・・

・本を読み終わったら終わり
・話を聴き終わったら終わり

終わりというか普通に戻ってしまって、まあ、言い方は悪いが良い映画をみたみたいな感じで、読んだり聞いたりしている時はいいし、終わった後は余韻が残っているが、次の朝には忘れてしまっているみたいなパターンは多いんじゃないかと思う。

なぜ、このような事が起こるかと言うと、色々な要因はあるんだが一つの要因としてサマタ力というのが上げられると思う。


======
サマタ力
======

サマタとは集中力とも言えて、瞑想を構成している要素を上座仏教的に分類すると・・・

止(samatha)
観(vipassanâ)

と2つにわかれていて、通常、瞑想といっているものは『止(samatha)サマタ』にあたり、アウェアネス系が言っている気づきというのは『観(vipassanâ)』にあたる。

厳密に言えば、アウェアネス系やアドヴァイタ系でも様々な種類があって『観(vipassanâ)』と同じとは言えないかもしれないが、分類上、そういった傾向だという話。

だから、多少、感性というかセンスが良くてもサマタ力が弱いと通常の意識モードから抜けられないので「それ」を感知しずらくなる。

まあ、感知しないからといって無くなるわけじゃないが・・・

「なんの事を言っているのか、感覚的にわからない」

もしくは

「なんとなく、そんな感じは薄っすらとはわかる気がするんだけど」

みたいになるが、印象が薄いのですぐに忘れてしまう。

印象が薄くてすぐに忘れてしまうと、先に言ったように読んだり話を聞いたりした時は・・・

「ふむ ふむ そんな感じがする」

とか思っても、すぐに忘れて同じような本を何冊も買ったりしてループしているだけみたいな感じになってしまう。



========
パンチ力とサマタ
========

止(samatha)
観(vipassanâ)

などと専門用語が出てきたのでわかりにくくなってしまっているかもしれないが、わかりやすいケースで例えるとボクシング。

ボクシングとか格闘技で強さの要素として色々あると思う。

・スピード
・攻撃の技
・ディフェンス力
・目の良さ

などなど。

しかし、これらの素晴らしい素質があっても、『重さ』が無いとパンチ力が出ない。

わかりやすく言えば、スピードと技や全てを兼ね備えていても、小学校3年生のパンチは軽い。

『なにもやっていない体重70キロの大人 VS 30キロの小学生』

ではいくら小学生がボクシングを習っていてもまず勝てない。

このウエイト、重さという要素は物凄くあって、だからボクシングでも柔道でもウエイト制というものが採用されている。

専門的な話になるが、力積とトルク積というのがあり、物体の加速と重さによって重さが少なくても拳銃で発射したような速さが出せれば物凄い破壊力にはなるが、通常、人間の体が出すスピードには限度があるので重さというのが非常に大事になってくる。

で、なにを言いたいのかといえば、サマタ力というのを例えるとパンチの重さになるという話だ。

・パンチ力(止・samatha)があって色々なテクニックがあって目(観・vipassanâ)もいい

というのが理想だが、サマタの要素が欠けていると

・テクニックはあって目もいいけど、パンチ力が無い

事になるので、試合に勝てない。


では、いったいどうしたらパンチ力、いやサマタ力を上げる事が出来るかという話になると思う。


続く・・・・・・
 
JUGEMテーマ:スピリチュアル
このエントリーをはてなブックマークに追加

ーーーーー 期間限定コンテンツ ... ーーーーーー

あなたの本質的な意識が開花するメソッドとは?



ーーーーー 無料プレゼントのお知らせ... ーーーーーー

メルマガ

ブログでお話した今回のような事はメルマガではもう少し深く解説したりしてますので、まだの方はメルマガに登録しておいてくださいね。

このブログのミッションはこちら


メルマガ登録とプレゼント講座の詳細はこちらから


プロフィールはこちら


 
関連する記事はこちら Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
投稿者:koji awazawa
Google
コメント
コメントする