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宇宙人からみたAmazonレビュー





元の木阿弥になってしまうという話だったが、その前に前提条件として・・・・ 
 
覚醒、悟り 
禅定 
涅槃 
ワンネス 
気づき 
 
とか、このブログでも色々書いているし、スピリチュアル・精神世界なんかでも伝統的なものから新しいものまで、色々な人が色々な事を言っているけれども・・・・ 
 
「これは絶対だ!!」 
 
みたいな考え方っていうのは疑った方がいいというか本来成り立たないという話。 
 
例えば・・・・ 
 
◯ 聖者が言っているから絶対だ 
◯ 2500年の歴史のある仏教の偉い人が言っているから絶対だ 
◯ 有名な◯◯師が言っているから絶対だ 
◯ 本に書いてあったから絶対だ 
 
みたいな感じですか。 



10億年進化した宇宙人から見た場合
 
仮に一見そのように成立しているように思えたとしても、あくまで現時点で人間がそう認識しているだけだからね。 
 
例えば、10億年以上、今の人類より科学的にも霊的にも進化した存在がいたとして・・・・・ 
 
「どれどれ、人類の意識はどのような事を考えているのかな? amazonにある文献を全部読んでみよう・・・・」 
 
「フムフム 悟りや覚醒について人類はこんな事を言っているのか、まあ、我々より10億年遅れているが、この種族のDNA構造や脳の機能だと、こんなもんかな」 
 
みたいな話になるかも知れないからね。 
 
だから、どんな体験や認識をしようが、その本人の中では確かに一見、そう思えるような状態があったにせよ、『ぬか喜び』の可能性があるというか、絶対性をもつような話は成立が困難だという事を前もって認識しておいた方が無難だよね。 
 
まあ、本人がよければ別にいいんだという事も言えるんだけど、それがあたかも絶対的なものとして主張するのはちょと違うとも言えるからね。 
 
 

バーベルと筋肉と回路

さて、前回に引き続き、元の木阿弥になってしまうケースはどういう事かといえば、これは回路が出来ているかいないかという話になってくる。 
 
回路というのは、運動でいえば運動神経や筋肉みたいなものですか。 
 
例えば、50キロのバーベルを持ち上げる時に、ある程度体が出来ている人はコツを教わったり、出来ている人のをみていると・・ 
 
「ああ〜 そういう事ね!」 
 
で持ち上げる事が出来ると思う。 
 
しかし、本当に全然筋肉が無い場合、持ち上げ方を親切丁寧に教わっても持ち上げる事は出来ない。 
 
「手はバーのここをつかんで、腰はそり気味にして負担をかけないようにして、一気にこうやって・・」 
 
とか言われてみても、頭では「わかったーー」となるし、出来るような気がするけれども実際問題、持ち上げるだけの筋肉が無いと持ち上げる事は出来ない。 
 
 
今は運動や筋肉とアドヴァイタ的な「それ」を比較しているから、若干、細かい部分のニュアンスっていうは違ってくるけれども、イメージとしてはそういう事。 
 
では、ここで言うところの筋肉って何かというと・・・・ 
 
◯ 「それ」に体する理解の度合いだったり 
◯ コンデション(肉体、精神、環境)だったり 
◯ 「それ」を理解するのに必要な体験だったり 
◯ もしくは恩寵と呼ばれるようなプラスαだったり 
 
すると思う。 
 
前回、紹介したムージの動画やグレッグ・グッド氏の本の説明でも、ああいう人達は本当の事を言っているというか、別に嘘を言っているわけではないし、直接的な真理を話ていると思う。 



やるべきブループリント
 
じゃーなんで「それ」が定着しないというか、一時的には「わかる、わかる」となっても本質的にガツンとこないか、または来ても元に戻ってしまうかというと・・・・ 
 
「ほらほら 次はここをやりましょうね」 
 
みたいなプログラムがあって、それをこなすまでは次に進めないみたいなものがあると私は思う。 
 
やっぱり、確かにアドヴァイタ的にいうと・・・ 
 
「行為者は誰もいないし、なにも行う事はない」 
 
みたいな話になるだろうけれども、一方でこの次元というか肉体をもって生きている次元というのは無視出来ない。 
 
だから・・・・ 
 
「そうそう、私の本質は特定出来ない気づきだな」 
 
とYouTubeの動画や本を読んだり、リトリートの瞑想合宿に行ったり、インドやミャンマーに行って瞑想した体験で一時的に至福に包まれても、それ自体は本質的な体験というか、理解を含んでいると思うけれども、まだ未完成というか引っ張られる因子があると、ちょとした事でブレてしまうという話になると思う。 
 
まあ、「それ」の意識からすれば、ブレようがブレまいが本質的にはブレようがないから別にいいんですよって話になるが、そうとは言えこの人間的な意識の次元ではブレているという話になると思う。 
 
また、仮に「それ」つまり本来の意識がわかったとしても、肉体をもって活動している次元においては、様々な現象がやってくる。 
 
そうした時に現実的な対応が求められるので、あれやこれやの課題は有り続ける。 
 
例えば、出家して自分が求める悟りがわかり、師匠やお寺にも認められてたとする。 
 
そうすると・・・・・ 
 
「アメリカに行って、教えてきてください」 
 
とか言われて、どうやって教えていけばいいのだろうかみたいな課題は一生続くと言えよう。 
 
 
 
 
続く・・・・・




 
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投稿者:koji awazawa
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