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ビー玉と気づき ノンデュアリティー



 
今回はグレッグ・グッド氏の『気づきの視点にたってみたらどうなんだろう?』の中から気づきの視点に立つレッスンを紹介しよう。 
 
紹介しようといっても、著作権とかあるんで丸写しとかはまずいと思うので少しだけ抜粋しておくが、詳しく知りたい人は本を買って下さいね。 
 
この本は対話部分がおもしろくて質問する人がよくあるタイプの質問をする。 
 
その中で・・・ 
 
「私は体の中にいるとしか思えないんですけど? 
 
という質問にたいしてグレッグ・グッドさんは問いかける。 
 
グレッグ
「体のどこか特定の場所にいるような気がしますか?」 
 
質問者
「ええと、どうだろう」 

ーーー 省略 ーーーー 

という感じで始まり、結局、質問者の人は眼から3センチ程奥にはいった場所に自分がいる気がするという話になる。 


 
グレッグ 
「ビー玉ぐらいの大きさで眼の奥3センチほど後方にあるのがあなたですね!」 
 
質問者 
「そのようですね」 
 
グレッグ 
「そのビー玉はなんに対して現れているのですか?」 
 
質問者 
「なんですって?」 
 
グレッグ 
「いいですか? こうして話しているとき、その小さなビー玉はイメージとして現れているのではないですか?」 
 
質問者 
「ええ、そうですね!」 
 
グレッグ 
「もし、そのイメージが現れているのであれば、それは何に対して現れてますか? 
つまり、ビー玉が見ているようには見えません。ビー玉は見られているようですね。」 
 
質問者 
「ええ、わかります。小さなビー玉は見ている側ではなく、見られている側です。ということはこれは自分についてのただの観念なんですね。」 
 
続く・・・・ 
 
『気づきの視点にたってみたらどうなんだろう?』 
グレッグ・グッド著 
p130  131ページから抜粋 

 
 
こういった対話が多く盛り込まれている。 
 
まあ、この辺の部分が一番最初に言った・・・・ 
 
『私に気づいているのがあなたの本体なんですよ』 
 
という部分かな。 
 
あとは手の感覚を見る実験とか色々とある。 
 
さて、この辺で一つの疑問が生まれる。 
 
気づきに気づいている「それ」がわかったような気がしても、全然自分の問題が解決していないのはなぜか? 
 
という事ではないだろうか。 
 
 
可能性としては・・・・ 
 
 
  1. 「それ」をまだ勘違いしている 
  2. 「それ」はわかったが、体でわかってない 
  3. そもそも、アプローチが違っている 
 
 
という事で、もう少し深くみていってみよう。

 
「それ」をまだ勘違いしている。 
 
これって結構あるというか、ホント、なんか微妙な領域で言葉でなんて表現していったらいいのかわからないというか、誰にでもわかりやすく説明する事は出来ない領域なんだけど「それ」からみたら勘違いも本当も無いっていう話にはなってくる。 
 
なぜなら、勘違いや間違いでさえ「それ」の現れだから、完全に違うかというと別にそれはそれでいいみたいな話になってくる。 
 
例えばの話、よく質問でもらうんだけど・・・・ 
 
「気づきがよくわかりません」 
 
というニュアンスの質問をもらが、これは気づきが特殊なものであるという先入観によって曇らされているという事があげられる。 

確かに特殊で未知なるものだけれども、その一方でごくごく普通に認識出来るともいえる。
 

 
日本=気づき(意識)に例えると
 

例えばだ。 
 
悟りや覚醒やそれを『日本』という事にしておこう。 
 
悟り=日本 
 
わかるかな? 
 
あなたは『日本』というのに憧れて、是非、体験したいと思っている。 
 
日本と言えば・・・・ 
 
 

富士山 
スカイツリー 
箱根温泉 
築地市場 
 
などがあって、日本には天皇陛下がいるらしい。 
 
あと、相撲取りがいて、ちょんまげで下駄を履いて歩いているらしい。 
 
温泉があって浴衣を着る事が出来るらしい。 
 
禅(zen)というものもあって、お寺で座って棒で背中をたたかれるらしい。 
 
忍者・カラテ・武士道・芸者 
 
なんて神秘なんだろう! 
 
「是非、日本というところへ行ってみたい!!!」 
 
とあなたは日本に憧れる。 
 
そこで、一生懸命、禅の修行をしてみたりするが、雰囲気は出るんだけど、憧れの日本はいづこ・・・・ 
 
ある時、電車に乗っていたら、窓から『富士山』が突然現れる。 
 
「おお〜 富士山だ!」 
 
あなたは驚嘆する。 
 
しかし、それも数秒で富士山の景色は消えていってしまう。 
 
「あれはなんだったんだ、一瞥したのか・・・」 
 
ああ、いつになったら日本というものがわかるんだ。。 
 
あなたが落ち込んでいると、本屋で一冊の本をみつける。 
 
タイトルが・・・・ 
 
「ダイレクト・日本」 
 
副題が・・・ 
 
日本を求めるのではなく、すでに「日本」だということを自覚する! 
 
というタイトルになっている。 
 
興味をそそられて、本を読んでみると・・・・ 
 
「あなたは既に日本にいて、日本人なんですよ」 
 
と書いてある。 
 
そう、あなたの目の前にあるもの全て 
 
いや、あなたの体も心も日本人だという事を発見する。 
 
みたいな感じですか? 
 
今の説明だと・・・ 
 
日本=気づき=覚醒 
 
みたいな例えで説明したけど、最初に戻ると・・・ 
 
「気づきがわかりません」 
 
という事は意識があるけだから、ありえないわけよ。 
 
なぜなら、わからないという事を意識・気づきの作用によって言っているわけだからね。 

次に「それ」はわかったが、体でわかってないについて。

続く・・・・



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投稿者:koji awazawa
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