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マハラジ、苦痛の受容について語る



マハラジ

もし、あなたが快楽や苦痛の瞬間にある自分を見てみれば、楽しみや苦痛がものごと自体のなかにあるのではなく、状況の中にあるという事を見るだろう。

楽しみは楽しむ人と、楽しまれるものとの関係性の中にある。

そして、その本質は受容にあるのだ。

状況がいかなるものであれ、それを受け入れる事が可能ならば心地よく、受け入れがたいならば苦しいのだ。

何がそれを受け入れられるようにするかは重要ではない。

原因は物質的、心理的、あるいわ理由がわからないかもしれないが、受容がその決定原因だ。

相対的に、苦しみは受け入れない事によるものだ。



さすがマハラジ、しかし、質問者は食いさがる。

質問者

でも、苦痛は受け入れがたいです!
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投稿者:koji awazawa
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コメント
心理的な苦しみなら受け入れられそうですが、生理的な痛み、これも反応だから反応パタンを受容すればいいはずかもしれないんですけど、どうも苦手です。ギャマンデキマシェン。
  • 深海魚
  • 2011.11.06 Sunday 07:55
まあ、それはそうですよね〜

ただ、おっしゃるように反応パターンの受容

例えば、痛みなら痛みを純粋に見ていったり、痛みに対する思考や感情の反応

「ああ〜 またここが痛い 嫌だな〜」

とかの感情や思考を見ていれば、それなりの変化は肉体的か心理的には起こり得ますよね。



  • koji
  • 2011.11.06 Sunday 09:24
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